最近、台湾向けの訪日プロモーション事例を振り返るなかで、少し気になる動きがありました。

対象となったのは、日本でのレンタカー利用を促すプロモーションです。個別の施策詳細や数値は公開できませんが、実際のプロモーション結果、関連業種の動向、検索・SNS上の関心データをあわせて見ていくと、ひとつの示唆が浮かび上がってきました。

それは、レンタカー需要が単純に弱くなっているのではなく、「興味はあるが、まだ行動に移っていない層」が存在しているのではないか、ということです。

訪日インバウンドにおいて、地方誘客とレンタカー利用は長く重要なテーマとされてきました。鉄道や都市観光だけでは届きにくい地域へ旅行者を送り込むうえで、レンタカーは有効な移動手段です。移動の自由度が高まり、立ち寄れる場所も増えるため、地域消費を広げるきっかけにもなります。
一方で、マクロデータだけを見ると、この領域は少し伸び悩んでいるようにも見えます。
観光庁のインバウンド消費動向調査では、レンタカー関連の消費単価に低下傾向が見られます。また、都道府県別の訪問率を見ても、多くの地域で訪問率が下がっているように見えます。数字だけを追うと、「地方×レンタカー」の需要は以前ほど強くないのではないか、とも受け取れます。
しかし、検索やSNS上の動きを見ると、少し違う景色が見えてきます。
台湾市場では、「日本租車」、つまり日本でレンタカーを借りることへの検索関心が見られます。また、「租車自駕」といった自動車旅行に関する言及も、春や秋など、ドライブと相性のよい季節に増えやすい傾向があります。
ここで面白いのは、データ上では弱く見える領域に、生活者の関心が残っているように見える点です。
需要がなくなっていたわけではなさそうです。
むしろ、「日本でレンタカーを使ってみたい」「自分で運転して地方を巡ってみたい」という気持ちはあるものの、実際の予約や利用に移る前の段階で止まっていた。そう捉えると、今回の台湾向けレンタカープロモーションの意味が見えてきます。
今回の施策が捉えたのは、いわば“未実行需要”でした。

関心はあるのに、行動に移らない構造図1:検索・SNS上の関心が、予約・利用に移る前で止まりやすい構造

数字に出ている需要と、生活者の関心は必ずしも一致しない

マーケティングでは、購買データや消費データが重視されます。実際にお金が動いた結果であり、市場を見るうえで欠かせない指標です。

ただし、そこに表れるのは、すでに行動した人の結果でもあります。
レンタカー消費単価が下がっているからといって、レンタカーへの関心そのものが下がっているとは限りません。短時間だけ借りる、安いプランを選ぶ、移動距離を絞るなど、旅行者が支出を調整している可能性もあります。
都道府県別の訪問率低下についても、同じように考えることができます。
地方に行きたくなくなった、という単純な話ではないかもしれません。滞在日数、宿泊費、物価上昇、移動効率、混雑回避などを考えながら、旅行者が訪問先をより厳選するようになっているとも読めます。
つまり、地方旅行やレンタカー旅行への関心はある。ただ、その関心がそのまま行動に変わるとは限らない、ということです。
この「行動に移る前で止まっている層」にどう向き合うかが、今回の施策を考えるうえで重要なポイントになります。

台湾旅行者がレンタカー利用で迷う理由

台湾からの訪日旅行者は、日本旅行への関心が高く、リピーターも多い市場です。東京、大阪、京都といった定番都市だけでなく、地方、自然、季節体験への関心も広がっています。
ただ、日本でレンタカーを借りて運転するとなると、少しハードルが上がります。
まず大きいのは、運転そのものへの不安です。
日本は左側通行で、台湾とは道路環境や交通ルールが異なります。標識、駐車場、ガソリンスタンド、高速道路、ETCなど、旅行前にはイメージしにくい場面も少なくありません。
次に、手続きへの不安もあります。
必要書類は何か。予約時に何を確認すればよいのか。保険はどこまで入るべきか。返却方法は難しくないか。料金は最終的にいくらになるのか。
レンタカーは、基本料金だけで判断しにくいサービスです。免責補償、乗り捨て料金、チャイルドシート、ETCカードなど、初めて使う旅行者にとっては分かりにくい要素が多くあります。
さらに、情報が多すぎることも、かえって迷いにつながります。
SNS、ブログ、旅行メディア、口コミサイトには、日本でのレンタカー旅行に関する情報が多くあります。ところが、情報が多いほど、「結局どの会社で借りればいいのか」「どのルートなら無理なく回れるのか」「自分でも運転できるのか」が判断しにくくなることもあります。
旅行者が足りないと感じているのは、情報量そのものではないのかもしれません。
最後に決めるための納得感と安心感。そこに、今回の施策が入り込んだように見えます。

施策のポイントは、関心を「行動できる形」に変えたこと

今回のプロモーションは、単なるクーポン配布ではありませんでした。
もちろん、クーポンは成果に大きく関わっています。ただ、それだけで動いたというより、すでにあった関心を行動しやすい形に変えたことが大きかったように思います。
そこで役割を果たしたのが、インフルエンサーによる具体的な体験提示です。
レンタカーを借りる流れ。運転中の様子。立ち寄ったスポット。移動中の楽しさ。現地での過ごし方。
こうした一連の体験が、台湾人旅行者の目線で発信されることで、レンタカー旅行は抽象的な選択肢ではなくなります。
「自分にもできそうな旅行プラン」として見え始めます。
検討中の旅行者は、まだ迷っています。
便利そうだけれど、失敗したくない。地方に行ってみたいけれど、移動が不安。レンタカーは魅力的だけれど、自分に使いこなせるか分からない。
その段階で必要なのは、スペック情報だけではありません。実際に使った人の視点です。
企業が「簡単です」「安心です」と伝えるよりも、同じ台湾人旅行者が「この手順でできた」「ここに注意すれば大丈夫」「このルートなら走りやすい」と見せるほうが、行動には近づきやすくなります。
今回の施策では、インフルエンサーが認知を広げるだけでなく、不安を下げ、レンタカー旅行を実行可能な選択肢として見せる役割を果たしていました。

クーポンは、値引きではなく「決める理由」になった

クーポンは、使い方によって印象が大きく変わります。
ただ安くするだけであれば、価格比較に巻き込まれやすくなります。旅行領域では、安さだけが前に出ると、サービスや体験の魅力が伝わりにくくなることもあります。
一方で、使うタイミングが合えば、クーポンは強い行動のきっかけになります。
すでに興味がある。不安もある程度下がっている。利用シーンも想像できている。あとは予約するかどうかだけ。
この段階で提示されるクーポンは、単なる割引ではなく、「今予約する理由」になります。
今回の施策では、インフルエンサーの体験提示によって、旅行者のなかに「使ってみたい」という気持ちが育っていました。そこにクーポンが加わることで、最後の一歩を踏み出しやすくなったと考えられます。
クーポンが単独で成果を生んだというより、体験提示で不安を下げ、利用イメージを作ったうえで、クーポンが最後の後押しになった。
この順番が重要だったのではないでしょうか。

季節性も、レンタカー旅行の魅力を高めていた

レンタカー旅行は、季節との相性が強い商材です。
春の桜、新緑、秋の紅葉、温泉、フルーツ狩り、自然景観。車で巡ることの価値が高まりやすい季節があります。
台湾市場でも、「租車自駕」への関心は、春や秋など、移動しやすく景色を楽しみやすい時期に高まりやすい傾向があります。

台湾市場で高まりやすいレンタカー関連キーワードへの関心図2:台湾市場では、レンタカー関連キーワードへの関心が春・秋に高まりやすい傾向が見られる

 

つまり、レンタカー旅行が最も魅力的に見えるタイミングがあるということです。
今回のプロモーションは、その季節性とも合っていました。
インバウンド施策では、単に訪日需要が高い時期を狙えばよいわけではありません。大事なのは、その体験が最も納得されやすい時期を捉えることです。
レンタカーであれば、ドライブ旅行の価値が伝わる季節。地方誘客であれば、その地域に行く理由が立ち上がる季節。
そうしたタイミング設計も、今回の成果を支えた要素のひとつだったように思います。

地方に行かなくなったのではなく、選ぶ理由が必要になった

都道府県別の訪問率が下がっているというデータは、地方需要の弱まりに見えることがあります。
ただ、別の見方もできます。
旅行者は地方に行かなくなったのではなく、限られた旅程のなかで、行く理由がはっきりした場所を選ぶようになっているのかもしれません。
訪日旅行は、以前よりも計画的になっています。限られた日数のなかで、どこへ行くか。何を体験するか。どの移動手段を選ぶか。旅行者は、失敗の少ない選択をしようとしています。
この状況では、地方側が観光資源をただ紹介するだけでは、旅程に入りにくくなります。
必要なのは、行き先、ルート、所要時間、体験価値がセットになった提案です。
今回のプロモーションでは、インフルエンサーが具体的な移動と体験を見せることで、旅行者の頭の中に「この地方へ行く理由」を作っていました。
露出を増やすだけでは、旅程には入りにくい。限られた旅行日程のなかで選ばれるには、その場所へ行く理由をどれだけ具体的に提示できるかが重要になります。
地方誘客では、こうした「旅程に入る理由づくり」が、より大切になっているのではないでしょうか。

評価された理由は、行動につながったことにある

インバウンドプロモーションでは、リーチ数、再生数、エンゲージメントなどの認知指標が語られやすいです。
もちろん、それらの指標も重要です。ただ、クライアントにとって本当に価値があるのは、その先に行動が生まれたかどうかです。
今回の施策では、クーポン利用という行動KPIが確認できました。単なる接触や認知にとどまらず、検討者を予約・利用へ動かしたことに意味があります。
また、この価値は短期的なクーポン利用だけでは終わらない可能性があります。
一度、日本でレンタカー旅行を経験した旅行者は、次回以降の訪日でも同じ移動手段を選ぶかもしれません。最初の不安を越えた体験は、次の旅行行動を変えるきっかけになります。
インバウンド施策で重要なのは、一度きりの集客だけではありません。旅行者の行動様式を少しずつ変えていくことです。
今回の施策は、その入口を作った事例として見ることができます。

成功の構造は、関心・安心・行動の3層にある

未実行需要を動かす3層モデル図3:関心を捉え、不安を下げ、行動を促すことで、未実行需要は利用へと近づく

 

今回のプロモーションを整理すると、成功の構造は大きく3つに分けられます。
ひとつ目は、関心を捉えたことです。
検索やSNS上には、「日本でレンタカーを使ってみたい」という意向がすでに存在していました。施策はゼロから需要を作ったというより、すでにある関心を見つけたといえます。
ふたつ目は、不安を下げたことです。
インフルエンサーの実体験によって、左側通行、手続き、料金、ルート設計といったハードルが具体的に見えるようになりました。旅行者は、「自分にもできそうだ」と感じやすくなったはずです。
三つ目は、行動を促したことです。
クーポンによって、検討中の旅行者に「今予約する理由」が生まれました。値引きそのものではなく、意思決定の最後を押す装置として機能していたように見えます。
関心を見つける。不安を下げる。行動を促す。
この3つがつながったことで、施策は認知獲得にとどまらず、実際の利用へと結びついたのではないでしょうか。

台湾向け発信で考えたいこと

今回の事例から見えてくるのは、台湾市場では「体験前提の説得」が重要だということです。
台湾の訪日旅行者は情報感度が高く、SNSやブログ、動画を通じて旅行情報を積極的に集めます。ただし、情報があるだけでは動きません。特にレンタカーのように不安が伴う商材では、手順、注意点、ルート、成功体験まで含めて見せる必要があります。
また、地方×レンタカーには、まだ未開拓の余地がありそうです。
マクロデータ上では弱く見える領域でも、検索やSNS上には潜在的な関心が残っていることがあります。消費データだけで市場を判断すると、その手前にある意向を見落としてしまうかもしれません。
そして、クーポンは価格施策ではなく、行動設計の一部として考えることが重要です。
クーポンは、ただ配れば効くものではありません。認知があり、興味があり、不安が下がり、あとは決めるだけという状態で提示されて初めて、コンバージョンを押し上げる力を持ちます。
安くするためのクーポンではなく、行動を完了させるためのクーポン。
この視点は、今後のインバウンド施策でも重要になっていきそうです。

需要は、動かし方を待っていた

今回の台湾向けレンタカープロモーションが示しているのは、縮小市場に見えた場所にも、潜在需要が残っている可能性です。
レンタカー消費単価の低下や地方訪問率の減少だけを見れば、「地方×レンタカー」は難しい市場に見えるかもしれません。
しかし、検索やSNS上では、日本でレンタカーを使いたい、自分で運転して地方を巡りたいという関心が存在していました。
問題は、需要がないことではなく、需要が行動に変わっていなかったことだったのではないでしょうか。
その未実行需要に対して、インフルエンサーが具体的な体験を示し、不安を下げ、クーポンが最後の一押しを担いました。
だからこそ、この施策は単なる値引き施策ではなく、検討中の旅行者を実行へ移すための設計として見ることができます。
インバウンドマーケティングで問われるのは、「誰に届けるか」だけではありません。旅行者がどこで迷い、何に不安を感じ、どのタイミングで動くのかを読み解くことです。
需要を無理に作るのではなく、すでにある未実行需要を見つけ、行動へ変える。
今回の事例には、地方インバウンドとレンタカー施策を考えるうえでのヒントがありそうです。